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都内帰郷

モカ

大学時代、雨が降るといつも足を運んだ喫茶店『モカ』。
学校の中では、集団でもの作りをしたり、
友人とお喋りしたり会議したり、そういう時間が多かった。
色んな考えと意見が交差する賑やかな時間も好きだけど
でも本当は1人で静かに、時計の針が秒を刻む音を聴き、
時間がゆっくりゆっくりと流れていくのがたまらなく好きで、
その中に身を置きたくなると、いつもここに来てた。

先日江古田に行く用事があったので、久し振りに懐かしのこの店へ向かった。
2階の右端が私の好きな席。
雨の日も窓はいつも開けられていて、シトシトと静かに落ちてく雨音が聞けた。
それを耳にしながら本を読むのが、最高にやさしい時間だった。

たいてい常連さんは1階カウンターだから、2階はいつも誰もいない。
丁寧に作られたココアと静かな雨音。そして古い家具に囲まれた空間。
馴染みのお店が次々に姿を消していっている江古田だけども、
このお店だけはずっと残っていて欲しい。
20代の私がいる大切な場所。

そしてもう1軒、好きな喫茶がある。
江古田住人なら殆どの人は知っているであろう『ぶな』。
ぶな
カウンター棚に並ぶ沢山のカップの中から、
好きなのを選んで淹れてもらえる有名な喫茶店。
大学4年の時に、珈琲研究会サークルに所属していた友人に
連れて行ってもらったのが最初の来店。お店の人が実に優しいのです。
以前、このブログにも登場したこと、あったね過去の記事
今回は満席であったため、残念ながらお見送り。

30分時間が余ってしまったので、裏道散策。気持ちは地井さんぽ。
タイ焼き屋さん
思えばここのタイ焼き屋さんから、私のタイ焼き好きが
始まったのだったと思い出す。
2年生の時に、図書館前で荷物番していた私に
『おまたせー、おみやげー』と親友が買ってきてくれたのが始まり。
その時あんこの中に、店の焼き手であるおばあさんの白髪が入っていたけれど
それも今ではいい思い出。江古田スタイル。
そのトッピング(?)を除けば、最高に美味しい逸品である。

ひと通りの思い出巡りをして、その後 江古田に住む旧友と会い、
店名の書いていない真っ白な看板が出ている店を見つけ、
いい度胸してるじゃん!ってことで試しに入ったら
中のメニューには普通に店名書いてあって、そんな素朴な笑いごとが
今日の締めくくりに相応しい感じがして、なんだか嬉しかった。
懐かしい20代前半の自分よ、またいつか☆
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17:50 | 記憶ばなし | edit | page top↑

こどもの宝石

RIMG0019.jpg

忙しい日々が終わり、
好きなハーブティーをのんびり飲む時間がようやく出来始めて、
嬉しいのだけれど、最高なのだけれど、
結局あれこれ用事を詰め込んでしまう、自分…。まあ なんと 気の短いやっちゃ

いとこが現在、部屋を大掃除していて、
不要物を大処分するつもり…との情報が入った。
そこで出番です、私のガサ入れ
『捨ててはならない、懐かしのものは私によこしなさい』リストをメールし、待つ。
数日後、送られてきたのはビー玉とおはじき
きゃあ、きれい
しかも、私の持っていないタイプのものまで入ってる♪

ここでちょっと補足。
小学生の頃、夏に近所の公園の砂場でビー玉が大流行りした時期が2年間ほどあって、
それは私の学年~2つ下の学年だけの人間で構成された、
いわば『ビー玉ギャンブル大組織』があった。
ビー玉がお金代わりで、“店の経営者”と“客”に分かれ、
“店”を作る際に使うものは
(店の経営者になるには、公園へ早く行って場所をゲットするだけ☆)
ビー玉と公園にある物(土とか、水とか、小枝とか、
ブラスチックのフォークのゴミとか、ガチャガチャのカプセルゴミとか)。
公園にある、もしくは捨ててある あらゆる物を使って、
我々こどもらは必死に遊びを考えていたんだなぁ。
ここで、実に様々なことを学んだ気がする。
知恵を絞って作る店の商売形態だけでなく、
交渉術、店と客との間で起きるトラブル時の話し合い解決、現金(ビー玉)での解決。
ビー玉が間に入れば、男も女も年齢も学年も 関係なかった。平等だった。

とにかくビー玉を持っていないと話にならないので、
掛けに勝った友人から借金したり(もちろん借りるのはビー玉)、
砂場に落ちているのを探して拾ったり。
そしてそのビー玉を使って大勝ちすれば、しめたもの。
友人にも倍返しで借金を返せるし、もう、大富豪である。
(ビー玉の世界での話だが

ビー玉といっても価値が色々あり、
その種類によって“両替”をする際の最小サイズのビー玉の数が異なる。
珍しくきれいなものほど、価値が高い。
そのルールは、なぜか誰もが知っていて、当り前のようにやりとりしていた。
誰が決めたのか分からない、子供世界だけの法律。おもしろいね。
くわしく語り出すとキリがないので、知りたい方は私に電話ください(笑)。

小2~3の時は、学校が終わるとランドセル置いて、
ビー玉の沢山入った袋を掴んで、夏のあいだ毎日、忙しく公園へ通った。
みんな、約束なんかしなくても大体そこへ集まった。
その公園へ。その砂場へ。
運よく大勝ちしてボロ儲けし、珍しいビー玉や大量のビー玉を手に入れて
ホクホクで家に帰り、夕焼けの明かりが射しこむお風呂場で、
砂まみれのビー玉を1つ1つ丁寧に、水を溜めた洗面台で洗う時の幸福感
水の中でより一層輝きを放つ色とりどりのビー玉が、私にとってはまさに宝石だった。
幸せな夏の日々。

……いとこから送られてきたビー玉を1つ1つ見てたら、
当時の熱がふつふつと沸き戻ってきて、
『あ、これなら結構な数で両替できるかも』とか
『こ、これは 見た事ないタイプだ!! かなり値打ちもんだ!』とか、
完全に小2の時の鑑定眼で、真剣に夢中でビー玉みていて、
気づいたら1時間ぐらい経ってた。ああ楽しい。ビー玉。

1つずつ磨いて、自分のビー玉袋(小2から使ってるペンギン柄の袋)にプラス。
増えた~ 宝石ふえた~
こんな休日があってもいいと思う。
02:31 | 記憶ばなし | edit | page top↑

もう1つの人生

目覚めたとき、やや うろたえた……。
あわてて書くものを探し、PCプリンターの中の紙をひっぱりだして、
消えてしまう前に…、忘却がやってくるその前に…。
けれど、1時間経っても 6時間経っても 消えることなく、
鮮明に 一つの記憶として きちんと頭ん中に残っている。


小さい頃から、夢をよく見た。いや、必ず見た。
朝起きて、『今日は夢みなかったな~』なんて日は殆どなかった。
もちろんフルカラーだ。
夢の中で夢と気付ける方法や、夢から覚めたい時に目を覚ます方法を覚えてからは
もう、好きにし放題だった。

見てきた夢を全部覚えてるかというと、さすがにそれは難しく、
忘れてしまった夢もある。
実際の現実世界の記憶でさえ、私は忘れっぽい(笑)。
けど、実際の現実世界の記憶よりは若干少ないものの、
いまも覚えている夢は、結構ある。
(現実世界記憶を10とするなら、夢記憶は7くらい。)

他の人も、毎日夢をみてて、覚えてて、当然だれもが
もう1つの人生のように楽しんでいるんだと思ってた……が、
大きくなって、学校等で周りの友人らに今日見た夢の話を訊いても、
たいがいの人に『え~、んなの覚えてない』と言われ、驚いた。
自分にとって夢は、夜の最大の楽しみであり、イメージの宝庫。
例えそれが悪夢であっても、普段体験し得ない、しかも
どんな話になるか予想もできない、まさに毎日楽しめる
安全なアトラクションであった
だから、そんな面白いものを重要視していない周りの反応にびっくりした。

成長するに従って、夢というものに対してより興味を持つようになり、
大学生の時、学校の図書館に専門書が多かったのと、
研究対象人物の研究資料に必要だったのもあり、夢関係の書物を片っ端から読んだ
フロイトから始まり、脳科学、心理学、幼児期の精神分析論、
無意識世界に関する本、シュルレアリスム…。
それで、夢の中で夢と気付く夢を『明晰夢』っていうんだ…とか
夢の中でさらに夢を見ている夢を『夢中夢』っていうんだ…とか、色々知り学んだ。

そういえば一度、目が覚めてもまだ夢で、それが覚めてもまだ夢で、
さらにそれもまだ夢で……
結局3層の夢を見ていて、最終的にようやく本当に目が覚めた時は、
本当に現実なのか確認するのに時間がかかった。
まさに映画『インセプション』のようである。恐ろしや恐ろしや。

……で、散々のめり込んで調べた後に、ダダの関係書物に
『…ただし、夢研究・実験は精神への影響が大きいため、
深く追い過ぎると気を病む可能性があるのでそこそこにするように…』
とあった。
……早く言ってくれ…

シュルレアリスム運動のリーダー的存在のアンドレ・ブルトンは、
深追いし過ぎて、人の寝静まった夜中、窓のところに羽の生えたライオンがいるという
幻覚を見てしまうほど精神的影響を大きく受けていたらしい。

あわてて研究スピードを弱めました…(笑)。

さて、ようやく本題。
昨日、疲労のせいか運動不足のせいか、体がひどくだるく重いので、
少し横になろうとウツラウツラしていた。

そして夢を見た。
夢の中で、私は母校の大学院の卒業制作(ぜんぶ絵)が
1冊の本にまとめられたものを見ている
……のだけれど、それが物凄いアイディアに富んだ絵で、
今までに見た事のない素晴らしいアイディアとデザイン
私が求めていた発想・色づかい・構成!
感動のあまり目に焼き付けようと、じっくり見入って読み入った。

読み終えたところで目が覚めた…んだが、
ぜんぶ覚えていて、色も覚えてる
メモメモメモメモ!!!
夕飯を食べておらずひどく空腹だが、それどころじゃない! メモ!!

その本がある本屋は、日芸を出て右へまっすぐいくと大通りがあって、
カーブ状に回り込む脇道があって、そこに3階建ての近代的なビルがあって、
そこの3階の本屋にあるんだが……
実際に日芸のある江古田には、そんな道も場所も建物もない…。
行き方も風景も全部覚えてるのに……二度と行けないであろう。

1日経った今も鮮明に覚えている。
22:20 | 記憶ばなし | edit | page top↑

秋くうき

秋待ちリス

何回も何十回も経験しているはずなのに、
季節が変わる時期って、どうして毎年飽きもせず、優しい気持ちになるんだろう。
穏やかなような 切ないような 嬉しいような…それでいて寂しいような…。

季節の匂いってあるよね。
風にのってくる春の花の香りとか、
川沿いにある芝生や夏草の匂いとか、
少しだけ冷たく陽は暖かい秋の空気とか、
耳と鼻先をキンと刺す冬の風とか。
それを感じたとき、一瞬のうちに色々な記憶がぶあっと目の前に蘇ってくる。

小学校入学して間もない時の ランドセル背負って頭上を仰いだ桜満開の空 とか
中学のマラソン大会で行った 草の匂いひろがる 二子玉川の河川敷の景色 とか
風で落ち葉が鳴る歩道を イチョウの金色を感じながら自転車で走った夕方 とか
高校3年の時 マフラーに顔を埋めながら 親友と何時間も立ち話した道端 とか。

季節の風は、少しずつ着実に重ねてきた時間と
足跡の中にある思い出を、的確に選んできて
懐かしさと優しさを運ぶと同時に
記憶の奥にある後悔と切なさとの再開も余儀なくする。

小学校6年のとき、
校庭の隅で拾った植物の球根、体育館裏にある秘密の場所へ植えた。
毎日 昼休みに人の目を盗んで 水をあげに行ってた。
卒業間際にようやく芽を出したが、その後のゆくえは分からない。
あれは何の花だったんだろう。
12:10 | 記憶ばなし | edit | page top↑

恐竜展!

小学生の時、
映画『ジュラシックパーク』を見て大ショックを受けた。
あれはもはや『鑑賞』ではなく『体験』だった。
RIMG0046_20100925012147.jpg
それから恐竜への興味に火がついた
中学生になる頃には、マイケル・クライトン著の原作本『ジュラシック・パーク』と
『ロストワールド』を何度も読み倒し、バイオテクノロジーの可能性と驚異に
脳を刺激され、生物の進化の歴史に興味を持った。
私自身、非常に熱しやすく冷めやすいタイプなので、いったん興味を持ったら
しばらく止まんない
全力疾走の研究と調査が始まる

恐竜への興味は高校へ入っても止まらず、
放課後は地元の中央図書館の入り口付近にある、子供用の絵本だとか
図鑑だとかが置いてあるコーナーに、制服姿のまま
幼児にまじってしゃがみ込み、夢中で恐竜の名前を覚えた。
そしていくつかに意見が分かれている絶滅の原因に関しての専門書を読み漁った。
図書館のおねえさんの視線が痛かった…。

しかしその後、ひとしきり情報と知識を得たら、
満足したのか燃え盛っていた炎が少しずつ落ち着いていった。
そして、恐竜への想いは引き出しの奥へとしまわれていった。
……かと思いきや、新しい恐竜化石が発掘されたり、
最古だと思われていた肉食恐竜よりも更に古いと思われる
新種が発見されたりとかのニュースを知るたびに、
新聞の記事を切り抜きスクラップする私がいた(笑)。

恐竜が好きだったクセに、1度も行った事のなかった恐竜展覧会。
興味を持ち始めて17年、ようやく、しかも開催期間終了目前に、
六本木で開催中の、『地球最古の恐竜展』へ行ってきました

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さすが2010年 単なる展示ではなく、子供にも理解できるように
エンターテイメント性のある魅せ方で、解説文や映像にも飽きのこない
様々な工夫が凝らされていた。
たのし♪たのし♪
閉館後にはナイトミュージアムと題して、懐中電灯もって館内をめぐる
バージョンもあるとの事。
そうね。映画力しっかり利用しなきゃね☆
ユニバーサルピクチャーズと20世紀フォックスの効果で、
集客数アップさせて、来年もクオリティ高い恐竜展が実現するよう、
願う夏の終わりでした
18:14 | 記憶ばなし | edit | page top↑
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